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HiroCareerのプロフィール

砂時計

カズ
初めまして、当ブログを運営しているカズです。

私の「生い立ち〜ブログ運営」まで紹介します。

 

はじめに自己紹介させていただきます。

ヒロの自己紹介

出身:田舎の山の上

趣味:釣り、野球

家族:子2人の4人家族

仕事:製造業で新事業の企画

好き:挑戦

嫌い:年功序列

年齢:30代

 

私は田舎出身で実家は最寄駅から徒歩60分の山の上です。

 

小学校からスポーツはNo.1、勉強は平均以上を目指してやってきました。

 

現在は新卒で入社した一部上場の製造業の会社で働いています。

 

学生時代はずっと理系で進学してきて、就職も技術職です。

 

就職活動では一度全部落ち崖っぷちになりましたが、無事ホワイト企業から内定をもらうことができ優秀な人っぽい人生を歩んできました。

 

しかし入社してすぐに技術者として一生働く将来に不安を抱えました。

 

1つのキャリアで一生を終えるのって怖いですよね?

 

キャリアを変えるために仕事をめちゃくちゃ頑張ったり資格を取ったりして、人より多くもがき苦しんできたつもりです。

 

一番やって良かったのが働きながら経営大学院で勉強をしてMBAを取得したことで、念願の新事業を企画する部署へ異動することができました。

 

人生100年時代、人口減少や年金問題など不安なことばかりです。

 

”自分の将来って何かやばい”と感じている方向けに情報発信していきます。

 

それでは私の生い立ちを紹介します。

 

【大学】体育会で自分の弱さを知る。しかし大学デビュー叶わず。

トロフィーと男女

大学は地元から遠い大学の理系に進み、楽しみにしていたひとり暮らしを満喫します。

 

高校から始めた部活を継続するため体育会の部活に入部しました。

 

すぐに場違いだったと気づきますが、部活は高校が弱小校で大学はずっと一部リーグにいる強豪校だったんです。

 

体育会の怖さ

部員は100名を余裕で超える

”先輩は絶対”の完全なる縦社会

なんでも15分前行動

先輩が帰るまで帰れない

飲み会はコールの大合唱大会

弱小高では知らない専門用語

 

荷物持ちたくさんやらされるんですけど、よく忘れ物をして怒られましたね。

 

飲み会でビール一気飲みしすぎて1mmも動けなくなった経験は今でも忘れません。

 

スポーツは得意だったので楽勝と思ってたんですが、大学はスポーツ推薦で入ってきた強者がワンサカいて、”あれ?自分って雑魚じゃん”と弱さを痛感しました。

 

推薦組って全国ベスト8以上とかのレベルです。

 

田舎者の視野が狭いとは今の自分のことを言うんだなと痛感した瞬間です。

 

しかし負けん気は強い方です。

 

推薦組に勝つために、狂ったくらい練習のことを考えて試行錯誤しました。

 

全国トップレベルの選手と一緒に練習して自分に足りないことを潰していきました。

 

同じ大学の選手だけじゃ物足りなくなり、強い選手がいる周辺大学の練習に参加させてもらいました。

 

アドバイスをもらったら即練習メニューに取り入れて実行です。

 

雨の中バイクで2時間とかかけて練習行った日もあります。その日は体が動かず練習にならなかったですが。。。

 

しんどい時はゲ○しながら走ったこともあります。

 

でも一年継続したら身体つきも変わり、実力も部内でトップレベルになりました。

 

最終的に日本トップの大会である全日本選手権に出場することができました。

 

大学入学時は全日本に自分が出場できるなんて夢にも思ってなかったです。

 

人生で大切なことは部活から学んだと言っても過言ではありません。

 

部活はもちろん、私生活や授業も部活メンバーと過ごしました。

 

カズ
強者から学び取り入れ、基礎を徹底的に鍛え、目標を達成するプロセスを体得できたことは大きいです。

代償として華々しい大学生活を犠牲にしました。

 

部活に命をかけた学生生活だったので、もちろん勉強はしていません。

 

この時点では技術職で就職を考えていたので大学院進学をしました。

 

サボってきたツケは部活で培った負けん気でめっちゃ勉強をして、楽勝で修論を書くことができました。

 

【就職活動】初めての挫折と大いなる妥協。

悲しい冬のスーツサラリーマン

就職活動は体育会での実績と有名大学在籍なので楽勝だと思っていました。

 

しかし!世の中そんなに甘くなかったです。この時は脳ミソまで筋肉になっていたかもしれません。

 

ここで最悪のことが判明します。

 

私の面接は世間一般の下手クソよりも、さらに下手クソだったんです。

 

自分をアピールするのが苦手だなと思ってはいたんですが、面接に落ちまくって手持ちの応募企業が0になったんですよね。

 

自分は社会から必要とされていないと考えるほど落ち込み、人生で初めて挫折を味わいました。

 

その後は周りに優しい言葉をもらいながら、なんとかホワイト企業1社から内定をもらい救済されました。

 

内定を伝えてもらうときの人事部の声がイエスキリスト様のようでした。

 

【就職から現在】上場企業でこの程度?将来に絶望。自分のビジネス力をあげる決意。MBA取得へ

男がToDoリストをこなしている

ホワイトだと思っていた会社は、想像以上に超絶ホワイトでした。

 

しかし待遇面は良くても、やりがい面は悪かったです。

 

やりがいを感じない点

仕事のスピードはゆっくり

30歳くらいまで単独で案件任せてもらえない

5年以上部下ができないのはザラ

工場は手作業が多く社員も生き生きとしていない

でも待遇良いから社員は満足

給料は全員ほぼ一緒だが仕事できる人が忙しい

 

これが40年以上働く環境か。。。

 

このままだと同年代の方たちと差は開く一方だという不安に襲われます。

 

こんな会社で働きたくないと思って焦りました。

 

自分で能力を上げるしかない。

 

会社にいたら学ぶのに100年かかりそうなビジネスの基礎を叩き込もうと決断しました。

 

ビジネスの基礎を網羅的に学べるのってなんだって調べたら、中小企業診断士とMBAに行きつきます。

 

中小企業診断士の内容の半分は中小企業の制度や法律、細かいネットの知識で、仕事に生かすことができなかったからやめました。

 

実践的なビジネススキルを学べるのはMBAしかないと確信しました。

 

 

すぐにグロービス経営大学院に申し込み、3年かけて卒業できました。

 

実際の企業をケースにして、自分が経営者ならどう戦略を立て実行していくかを徹底的に考えて脳を鍛えました。

 

平社員の私が役員やマネージャーの人と議論するのは場違いな感じもありましたがなんとか乗り越えました。皆さん優しい。

 

働きながら通学してMBAを取得することは異常なくらい大変です。

 

その代わりMBAで得られた考え方や知識、スキルなどは一生もので70歳まで働いてもずっと使うことができます。

 

これは誰もが持っているモノではなく希少性の高い私の武器です。

 

転職活動したら就活より簡単に内定がもらえて、年収200万アップの好条件でした(嫁ブロックで転職叶わず)。

 

それでもめげずにずっと異動願いを出していた新事業を企画する部署へ移動することができました。

 

【これから】キャリアに悩み、がむしゃらに走って得た情報を発信する。

男が文章を書く

MBA、転職活動、希望部署への異動、育児休業などの経験の中で、キャリアについて考える機会が多かったです。

 

当時の私と同様に将来への漠然とした不安を持っていて、何か行動をしたいと思っている方がいらっしゃると思い、ブログで情報発信しています。

 

ブログは副業でもあり、私の新しい挑戦です。もしご興味があればTwitterでも情報発信していますのでフォローお願いします。最後までご覧頂きありがとうございました。

 

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